黒田二十四騎とは?黒田長政と二十四人の精鋭家臣たち

「黒田二十四騎」という言葉を聞いたことがありますか?
福岡藩祖の黒田官兵衛(如水)と、その嫡子で初代福岡藩主、黒田長政を大将として束ねられていた、二十四人の精鋭家臣たちのことです。
黒田節のモデルとなり、名槍「日本号」を福島正則から呑み獲ったという逸話を持つ、母里友信もその中の一人です。
「黒田二十四騎ガイド」では、黒田官兵衛・長政親子の時代に活躍した、二十四人の武士たちの名前・生い立ち・エピソード・菩提寺(彼らの菩提寺の多くは福岡県内にあります)などを調べてみました。

福岡市博物館で見つけた「黒田二十四騎」!
福岡市博物館には、いくつもの「二十四騎図」や、黒田家の名宝が所蔵されています。
先日、博物館に立ち寄ったとき、館内の書店(売店)で、「黒田二十四騎画帖(江戸後期)」と書かれたファイルと、黒田二十四騎一人ひとりのシールと、黒田官兵衛のファイルを見つけました。
自称「黒田二十四騎」ファンの私は、それらを購入しました。

「黒田二十四騎画帖(江戸後期)」と書かれたファイルの表側には二十四人の武士の絵が並んでいます。
ここに描かれている人物の名前をあげると、このようになります。
兵庫助利高(黒田利高)・栗山備後利安・小河傳右衛門信章・村田出羽吉次・吉田壹岐長利・林掃部直利・図書助直之(黒田直之)・毛利但馬友信(母里友信)・久野四兵衛重勝・菅和泉正利・竹森石見次貞・堀平右衛門正儔・修理亮利則(黒田利則)・後藤又兵衛基次・野村太郎兵衛祐勝・野口左助一成・衣笠因幡景延・原伊豫種良・井上周防之房・黒田美作一成・桐山丹波丹斎・益田與助正親・三宅若狭家義・毛屋武蔵武久です。

このような人々が活躍していた時代のことを考えるだけで、ワクワクしますね。
「福岡」という地名の始まりを作った、黒田官兵衛(如水)・長政親子の時代に活躍した、二十四人の武士たちとはどのような人物だったのでしょうか?

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